スケルトン再考

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沼津港の深海水族館では
とてもキレイな透明骨格標本を展示しています。厚みのある生体組織の状態をそのまま保ちながら透明化する試薬を使って、染色された骨の部分がまるで3Dのレントゲン画像みたいな感じで観察できるというもの。今まで見てきた、いわゆるガイコツ的な骨格標本とは全く異なる雰囲気に興奮しながら、この色味は20世紀の終わりに一世を風靡したスケルトンデザインの初代iMacっぽいなぁ。と思ったりした次第です。

初代iMacは、かれこれ20年ほど前の製品ですから若い世代には何のことやらと思われてしまうかもしれません。そういえば画面表示のデバイスは液晶パネルとかではなくCRT(ブラウン管)ディスプレイでした。初代iMacのイメージが浮かばない方は画像検索していただくとして、スケルトンといえばコレ。というアイテムをお見せすることにします。

はい、これは1960年に登場したブローバ社のアキュトロン・スペースビューという腕時計です。ブローバはアメリカ合衆国の企業ですが、中身はスイス人のマックス・ヘッツェル氏が発明した『音叉時計』というもの。機械式の腕時計には1秒間に5回から10回程度の往復運動をするテンプ(振り子)がありますが、音叉時計ではテンプの代わりに音叉の振動を使います。音叉って、ヤマハのマークにあるアレです。アキュトロンは毎秒360振動する音叉を電磁石によって永続的に駆動し、その振動でラチェット歯車を送ることで運針するシステムです。一般的にタイムピースの振動数が高ければ高いほど時刻の正確性は高まります。

そんなワケで、画期的な発明である音叉時計の中身を見せるべく、スペースビューというモデルが発売されたのでありました。この点が古びた技術であるCRTディスプレイの中身を見せようとした初代iMacとアキュトロンとの根本的なデザインの方向性の違いだと思います。デモンストレーションするに足る内容物だから見せる。これこそスケルトンの王道だと私は思います。

1970年代に入り
音叉時計よりも遥かに高い振動数で発振するクォーツを分周して1秒を同定しステップモーターで駆動するクォーツ式の腕時計が登場しても、ブローバは音叉時計をリリースしていました。こちらは初発のスペースビューと同等の214ムーブメントを搭載した1970年代初頭のアキュトロン。ケースのデザインが力強くて、この辺りに1960年代との違いを感じます。アキュトロンは機械式に比べたら驚くほど正確で普通に使うには十分すぎるほどの精度ですが、さらに正確なクォーツ式の台頭により絶滅してしまいました。音叉式ムーブメントのアキュトロンは突発的に2010年頃に1000本が限定復刻されましたが、現在発売中のアキュトロンは、残念ながらクォーツのムーブメントです。そんな中身を見せられても、あまり興奮できません。見せるべき中身を、スケルトンで見せて欲しい。できることなら、国際標準時などに使用されているセシウム原子時計を腕時計のムーブメントになるまで小型化して、スケルトン仕様のスペースビューにしてくれたらいいのになぁ。などと透明骨格標本を目にしたことをキッカケにして、スケルトンの王道について考えたのでありました。

mono modernologyの連載は、今回をもって最終回とさせていただきます。
長らくのご愛読、ありがとうございました。

ガンダーラ井上 拝