スイス産のスパイカメラ、テッシナ②

撮影する前にフィルムを入れる
現代のデジカメではこんなことする必要はないんですけれど、アナログカメラには撮影前にフィルムを入れなきゃいけません。スイスの時計部品メーカーが製造し、本職のスパイの方々に愛用されていたテッシナ。このカメラは専用のパトローネにフィルムを装填して使います。このあいだ行きつけのカメラ屋さんがカウンター越しに出してくれたテッシナは、カメラ本体よりも希少と思われる予備の専用パトローネ数本と、それにフィルムを詰めるためのローダーがセットになっていたのでありました。

テッシナが現役で活躍していた時代には、テッシナ専用の装填済みフィルムが供給されていた模様。今回入手した数本の専用パトローネにはコダックの銘柄が記されたシールが貼られたものもありましたが、中身は使った後で空っぽ。何かフィルムを適当に見繕って入れてあげなければなりません。

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普通のフィルムを詰め替える
そこでストックしたままになっていた古いフィルムをゴソゴソと探してみるとハンガリー産のモノクロ、フォルテパンが出てきました。テッシナの専用パトローネにはこのフォルテパンに限らず、いわゆる135サイズのフィルムであれば詰め替えて使うことが可能。世界中の写真屋さんで普通に買える135フィルムを使えることが、本職のスパイの方々に支持された理由のひとつだったのではと思います。超小型カメラは映画用の16ミリフィルムを使う場合が多いのですが、これは簡単には手に入りにくい。テッシナなら普通の人を装って、そこら辺のカメラ屋さんでフィルムが買えるから足がつきにくい‥。

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白昼堂々フィルムを装填
そんなコトを考えながら、ローダーの中に普通のフィルムとテッシナのパトローネを入れて、ノブをグルグルと操作します。この作業は、真っ暗な部屋とかダークバッグと呼ばれる写真用品の中で普通のフィルムからテッシナのパトローネへとグイグイと手で押し込んでやることでも代用できますが、やはり専用ローダーを使うと白昼堂々と作業ができますし、しっかりフィルムが巻き取られるので安心感が違います。

使用期限10年超のビンテージ
こうして楽々と普通のフィルムから詰め替えたのではありますが、ちょっと普通じゃない部分もあります。ハンガリーのフォルテ社は1922年に設立された老舗ですが2007年に廃業。それより前に買い置きしていたフィルムの使用期限は2004年。かなりのビンテージです。あえて古びたモノクロを詰めて、テッシナをポケットに入れて向かった先は伊豆長岡。温泉に行くと見せかけて駅前からタクシーに乗り、「ハンシャロまでお願いします」と告げます。

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軍事施設を堂々撮影
これは、世界文化遺産にも指定された韮山反射炉です。反射炉とは、鉄を溶かすための溶鉱炉。天井の反射熱を利用して鉄の熔解温度に達する高温を実現する設備です。その目的は大砲の製造。韮山反射炉は、江戸時代の末期に諸外国からの艦隊来襲に備えるべく、江戸湾内海台場などの砲台に設置する大砲を鋳造していたのであります。要するに、ビンテージの軍事施設ですね。通常このような場所には一般人は入ることが許されず、もちろん写真など撮ろうものならスパイ容疑で身柄を拘束されるような被写体です。でも、現在の韮山反射炉には観光バスがひっきりなしに訪れ、そこから出て来た善男善女は示し合わせたようにスマホの内蔵カメラやタブレット端末などで撮影しております。

あえてアナログで撮る
そんな中、フィルムカメラを構えているのはボクひとり。手のひらに包み込むように構えて誰にも気づかれていないつもりで撮影しているのですが、テッシナってクロームメッキがキラキラしていて目立つんです。さっきから隣にいる人がボクのテッシナに好奇心まるだしの視線を送ってます。やはり本職のスパイという仕事には多くの苦労があるのだなぁと実感しつつ、ささっと数分で撮影は終了。そのあとゆっくり温泉につかってから帰りました。

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モノクロフィルムを自家現像
テッシナの専用パトローネは希少品なので、町の写真屋さんで現像に出すときに必ず返却してくださいとお願いする必要があります。そうすると「あの人テッシナを使っていたからスパイかも」と思われると困るので、久しぶりに自家現像してみました。あえて現像液は高温で時間は短く、ラフな撹拌&水切りの薬剤を使わず乾燥させてフィルムの粒子を荒らして生々しくリアルなフィルムのテクスチャーを出していきます。

こんなに手間をかけなくても、画像処理ソフトで『フィルムっぽくする』とモニター画面を見ながら操作すれば簡単に同じような雰囲気の写真にはなるのですけれど、これは往年のスパイの仕事をなぞってみるという趣味なので、あえて面倒なことをしてみたワケです。逆にテッシナみたいなカメラで簡単に写真が仕上がったらつまらないですよね。
スパイの愛したカメラ、Tessina おわり