オリンピックのエンブレムは誰のもの?

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東京オリンピック2020の
エンブレムが、やっと決まりましたね。個人的には、かなりガッカリしています。日本グラフィックデザイナー協会の浅葉克己会長が公募で仕切り直しされた最終候補を評し「なぜ、こんな作品を選んだのか。4作品ともデザインとして低レベル。これなら佐野さんの作品の方がよっぽどよかったと思います」とコメントした感覚に激しく同意します。盗作疑惑に関するスキャンダルを度外視してデザインの優劣だけを判断するならば、まさにその通りだと思うのです。

エンブレムたるもの、高度に抽象化されているべきである。熟考から生み出されたデザインは、おのずとシンプルなものとなる。ゆえに最大の効率を持ち最速で伝わるだけでなく、数多くの人々の記憶に刻まれる。というのが理想なのだとボクは考えるのですけれど、普通の人々はそこまで突き詰めてデザインに向き合うことはなく、前出の浅葉氏のコメントに対し語調も粗く数百件もの感情的な非難の書き込みがされているのは誠に嘆かわしいかぎりです。

カメラに刻まれたエンブレム
オリンピックのエンブレムをカメラに刻む。それだけで何だか心弾むものがあります。実際、そんなコトを実現してしまった例が数件あって、その筆頭としてあげられるのがキヤノン旧F−1モントリオールオリンピック公式記録カメラ記念モデルです。2

ぐぐっとアップで写真を撮ると、真鍮製のブラックボディに文字通りエンブレムが彫刻器で掘られ、白いペイントが塗り込まれています。これはシンプルなデザインだからこそ可能なこと。キヤノンではこのあと1980年レイクプラシッド、つづいて1984年ロサンゼルスと五輪記念モデルを連発しておりますが、これらはシルク印刷で対応。その理由は、コスト削減に加え彫刻器の分解能では掘りきれない細い線でエンブレムが構成されていたことによります。

刻みきれない東京2020
そうなりますと、新東京五輪のエンブレムもカメラに刻むのは極めて困難なものであり、印刷するにも構成要素が細かすぎて向かないでしょう。そもそも今世紀の五輪エンブレムは巨額の協賛金を支払った特別な企業にしか使用が許諾されず、なおかつ製品そのものへの使用は不可(パッケージや広告には可)なので、これから発売されるカメラにエンブレムが刻まれることはないでしょう。3

ところでニコンは
オリンピックとどんな関係を結んでいたのかと言えば、1980年モスクワの公式記録カメラに認定されております。旧ソ連邦のアフガニスタン侵攻に反発してアメリカ合衆国がボイコットを呼びかけ、政治的な動きに巻き込まれた日本選手団も不参加となった大会でしたがニコンは公式カメラとしてその責務を果たしたのであります。それでもカメラにエンブレムを刻むことはせず、同時代のカメラで特別な彫刻を施したモデルはニコンF2チタン(1979年6月発売)だけでした。

モスクワのエンブレム、シンプルで好印象です。5本の線と赤い星。5つの大陸から、ひとつの理想(すなわち共産主義)を目指して集結する導線。何を言いたいのかハッキリしているから、デザインにパワーがあります。ニコンに刻まれることのなかったこのエンプレムは旧ソ連邦の一眼レフ、ゼニット各種に印刷されたモデルが存在します。4

サラエボ冬季オリンピックの
公式記録カメラもニコンでした。1984年の開催なので、ニコンF3AFの発売年です。モスクワと同様にサラエボのエンブレムがニコンに刻まれることはありませんでしたが、このシンプルなデザインなら彫刻可能ですよね。旧ユーゴスラビア、現在はボスニア・ヘルツェゴビナの都市サラエボ。スロベニア語、セルビア語、クロアチア語、マケドニア語という4種の言語で話す南スラブ民族が混在・結束する都市を示すエンブレムは秀逸です。最近このバッグを持ち出し、エンブレム論議を始めるキッカケづくりに使っていますが、同時代のニコンF3AFはちょっとかさばるので持っていかないことが多いのです。