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愛を告げる紫-2-

 
貝紫染めは通常10月〜4月の乾期、大潮の前後に行われる。比較的海が静かで、引き潮のあいだは簡単に貝を見つけることができるからだ。ピノテパ・デ・ドン・ルイス村には20人あまりの貝紫染め経験者がいるが、いまでも現役と呼べるのはアベンダーニョ氏を含めて3人だけだという。専業で食べていけるというものではなく、もっぱら知り合いからの依頼に応じて染めにいく。交通の便がよくなった現代でも、海にいるあいだは野営自炊して過ごすのだ。楽な仕事ではない。
悪臭を放つ貝を岩間に拾う、ひたすら拾う
潮が引いたのは午後になってからだった。小舟を仕立てて海へと出て行く。20分ほどでヒラカルという名の岩場に着いた。アベンダーニョ氏は上陸するやいなや作業に取りかかる。岩と岩のあいだを駆け下り、しゃがみ、貝を拾い、腕にぶら下げた綿糸に貝の分泌液を吸わせる。場所を移り、またしゃがみ、貝を拾う。62歳とは思えぬ軽やかな身のこなし。彼の近くに寄って貝を見せてもらった。マクラガイを大きくしたような形。体長は10センチくらいか。ひどい悪臭が僕の鼻をついた。
「陽に当たると臭い出すんだ。いつもで臭うかって? 一生臭うのさ」
そう言って、アベンダーニョ氏はいたずらっ子のようにニヤリと笑った。
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普段着でもあり、ハレの日の盛装でもある
海でのひと仕事を終えたアベンダーニョにくっついて彼の地元ピノテパ・デ・ドン・ルイス村に行ってみることにした。貝紫の糸が実際の生活のなかで生かされているさまをこの目で見てみたかったのだ。長距離バスに揺られること5時間。ピノテパ・ナショナルという村でタクシーに乗り換えて、さらに40分。ドン・ルイス村は教会のある広場を中心に開けた、坂の多い小さな村だった。お昼時のせいか、道行く人の姿はほとんどない。村自体が午睡をしているようだ。一目散に自宅に帰っていったアベンダーニョ氏に置いてけぼりにされて、ふと自分が空腹だったことに気づいたが、あたりにレストランらしきものはない。もとより観光などとは無縁の場所なのだ。案内所の類も何もない。空きっ腹を抱えて途方に暮れてしまった。やっとのことで見つけたのはスーパーマケットの中の食堂。薄暗い店内であらかじめ絶望してから注文した鶏肉の料理は、意外にも美味しかった。これだから旅はやめられない。
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腹ごしらえを終えて外の明るみに出ると、にわかに人が増えていた。そして、そこには何人もいたのだ、貝紫を使った伝統的な衣装「ポサワンコ」を身につけた女たちが。後になって聞いたことだが、ポサワンコを着る場合は他のアイテムにもだいたいの決まりがある。上半身にはマンティールというエプロンのような服を着て、肩からウィピールという白い布を羽織る。足元はビーチサンダルか裸足。数十年前まで上半身は裸のままだったそうだ。僕の見たかぎり、30代以上の女性の多くがポサワンコを着ており、年齢が上に行くほど、その率は100パーセントに近くなる。普段着としてはもちろん、婚礼や葬式でもこれを着る。驚いたことに、昔は男たちもポサワンコを着ていたのだそうだ。
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アベンダーニョ氏に今回の染色を依頼したマルサ・ベロニカ・エルナンデスさんを訪ねて話を聞いた。高台にある彼女の家は見晴らしがいい。七面鳥とウサギの飼われた庭から村の家々が見下ろせた。届けられたばかりの紫色の綿糸を手に取り、満足そうに眺めるベロニカさん。
──ポサワンコは着心地がいいのですか?
「ふつうのスカートのほうが楽かもしれないわね。でもポサワンコのほうが長持ちするでしょう。私は5着持っているけど、一番古いものは20年以上も着ているのよ」
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──なぜポサワンコを着続けるのですか?
「理由は、考えたこともない。ただ子供の頃から着ていたものだから。あと、古くからの伝統を守っているという意識はあるわね」
彼女自身、ポサワンコのための布を織る。15歳の時に覚え、自分の娘にもすでに教えてある。村の多くの女性が「後帯機」という昔ながらの機で布を織る。村を歩くと、あちらこちらから機織りの音が聞こえてくる。彼女たちにとって機織りは、ポサワンコが普段着であるのと同じように、仕事というよりは生活の一部なのだろう。
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──貝紫の紫色には何か特別な意味が込められているのですか?
「結婚のとき、花婿の家族が結納の品として、金や黒曜石を使ったアクセサリーとともにポサワンコを贈る習わしがあるの。新しく織り上げたポサワンコに、白地にブルーの縁取りをしたウィピールを組み合わせてね。もちろん、婚礼のときにも花嫁はポサワンコを着るのよ。上には白いドレスを着て」
耐久性に優れた、とても日常的な衣装でありながら、結婚の契りを結ぶハレの日の贈り物にもなるポサワンコ。そこには、陽に晒されても色褪せるどころか逆にいよいよ色艶を増す貝紫に、愛の理想を託した古人の願いが織り込まれているのかもしれない。
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夕方、村の外れで葬送の行列に出合った。悲しみにくれる女たちの多くがポサワンコをまとっていた。「愛を告げる紫」のもうひとつの大切な顔を見た気がした。日が暮れる前に村を出なければならなかった。帰りは教会前の広場からトラックに乗せてもらった。トラックの荷台で見知らぬ同士が支え合うようにして揺られた。出発からものの15分と経たぬうちに村は遠のき、ポサワンコを着た女の姿はどこにも見られなくなった。

※『愛を告げる紫』は雑誌セブンシーズNo.197に掲載された「貝紫染めをめぐるメキシコの旅 愛を告げる紫」を改題、加筆・再編集したものです。記事や写真の無断転載はご遠慮ください。

Photographs by Takahito Shinomiya
Special thanks to Osamu Aihara

Yasuyuki Ukita • 2017年5月30日


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