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エディなら行くぜ!-1-

 

31歳の若さで波間に消えた、ハワイの伝説的ビッグ・ウェーブ・サーファー、エディ・アイカウ。彼の遺したスピリットを継承する男たちに会って話を聞くために、ハワイに渡った。
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水中から見上げる白金色の太陽。そこに浮かび上がる“Aloha”の文字──。ダナ・ブラウンのサーフィン映画『ステップ・イントゥ・リキッド』は、ハワイアンたちが一番よく使う挨拶の言葉で始まる。「アロハ」は、「おはよう」であり「こんにちは」であり「こんばんは」であり、また「さよなら」でもある。試みにハワイ語の辞書で引いてみると、アロハ=愛、憐れみ、慈悲、恩恵、同情、親切、感傷、愛しい人、挨拶などの訳語が載っていた。この映画の中で2人の偉大なサーファーがオアフ島ノースショアの波について語るシーンがある。まずは“求道者”ジェリー・ロペス。
「ここの波は独特だ。一生かけて挑むつもりさ。『これは死ぬぞ』と思うこともあるよ。簡単には死なないけど、実際に死者も出ているからね。僕もちょっとは死んでいるかもしれない」
お次は、当時最強の競技サーファーと称えらえたケリー・スレーター。
「ここの波は巨大で危険そのものだ。ビーチにいても波を感じるくらいだから。ただ、1回ここでやったらもう病みつきになる。ギャングの世界といっしょで、ハマったら足は洗えないよ」

Pancho Sullivan and Kelly Slater

Pancho Sullivan and Kelly Slater

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オアフ島ノースショア。冬場、日本に大雪と冷たい空っ風をもたらすのと同じ、太平洋上の不機嫌な低気圧によって作り出される巨大なうねりが、スクラムを組んで押し寄せ、浅瀬で竜のごとき波濤となってビーチを襲う場所。一度でもその凄まじい光景を目の当たりにした者は、忘れ得ぬ恐怖を植えつけられる一方で、奇妙にも、その恐怖の元凶に再びまみえたいと請い願う。そんなノースショアのワイメアという入り江で、波の高さが20フィート(約6メートル)を超えたときにだけ開催されるビッグ・ウェーバーの大会がある。“ザ・エディ”と人々が敬意と親しみを込めて呼ぶコンテストの正式名称は〈クイックシルバー エディ・アイカウ記念ビッグ・ウェーブ・インヴィテーショナル〉だ。
エディとはいったい何者なのか?

思いやり溢れるシャイな男
エディことエドワード・ライアン・マクア・ハナイ・アイカウは、1946年マウイ島カフルイで6人兄弟の3番目として生まれた。父親の仕事は港湾荷役。しかし、家系を辿ると、カメハメハ王朝の神官に遡るという家柄だ。物心つく前から海と親しみ、9歳半でオアフ島に移ってからはサーフィンに熱中した。21歳のとき、彼はワイメアで40フィート(約12メートル)の波に挑み、名だたるサーファーたちの目の前でガッツを示し、波の上で優雅に舞ってみせた。同じ年、当時世界最高の大会だったデューク・カハナモク・インヴィテーショナルの招待選手に選ばれた。やがてエディは、ワイメアで初めてのライフガードに任命される。ハリウッドの大物プロデューサーを含む何百もの人命を救い、表彰もされているが、エディは人命救助が自分の手柄になることをよしとせず、レポートさえ残さなかったという。’77年にはデューク杯で優勝。しかし、翌年3月、31歳での早すぎる死がエディに訪れる。
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エディはためらうことなく暗闇の海に漕ぎ出した
海図もコンパスもまだこの世に存在しなかった1000年以上も昔、人びとは星の運行や渡り鳥の観察だけを頼りに海を渡り、移住を繰り返してきた。その時代の伝統航海術を現代に蘇らせるプロジェクトがあり、そのために建造された航海カヌー〈ホクレア号〉の、第2回ハワイ−タヒチ航海のクルーにエディは選ばれる。彼が採用されることになった理由は、ウォーターマンとしての能力がずば抜けていたことはもちろん、彼がハワイ先住民の血と精神の継承者であったことが大きい。ホノルルから出航したホクレア号はモロカイ海峡で大時化(おおしけ)に遭って転覆。エディは、艇から12マイル離れたラナイ島へ助けを求めに行くと言って、暗闇の海にサーフボードを浮かべて漕ぎ出し、そのまま不帰の人となった。
“ザ・エディ”の第1回大会が開かれたのはエディの死から8年経った1986年の冬のこと。栄えある初代チャンピオンとなったのは、エディの4つ下の弟、クライドだった。
今もハワイのサーファーたちが、大波を前に尻込みする仲間にハッパをかけるときに言う言葉がある。
「Eddie would go!(エディなら行くぜ!)」
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(つづく)

Photographs by Tetsuya Ito

エディなら行くぜ!-2-

Yasuyuki Ukita • 2017年7月3日


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