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シャブリ! シャブリ!! シャブリ!!!−1−

 

淡いゴールドに輝く辛口白ワインの代表格シャブリ。「牡蠣にシャブリ」はあまりにも有名だけれど、グラン・クリュを頂点とするこのワインの幅広い魅力を知る人は少ない。またワイン名の「シャブリ」は耳に馴染んでいても、それがパリから2時間のドライブで訪れることのできる村の名前であり、美しい景観とガストロノミー、レベルの高い宿、さまざまなアクティビティを擁する、ワイン観光の訪問先であることはあまり知られていない。
知られざるシャブリの本領を見に出かけよう。

キリスト教徒たちの献身がシャブリを磨き上げた
松林の中のほの暗い小径をしばらく歩くと突然視界が開けた。眼下の、足を踏み外せば転げ落ちそうな急斜面はブドウ畑。その先の谷間には三角屋根の教会を取り囲むようにして小さな町が広がっている。家々の屋根は大半がビターチョコの色合い。いくつかはシナモン色をした屋根も混じる。町の向こう側は再び丘になり、麓から頂近くまでブドウ畑が広がっている。雲間から注ぐ午後の日射しが景色のすべてに黄金の粉をまぶしているように見える──。

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フランスのやや北東寄りに位置するヨンヌ県シャブリ。この町と周辺を含めたシャブリ地区で造られる辛口白ワインが「シャブリ」である。シャブリは、行政区画上はブルゴーニュに属するけれど、ロマネ・コンティのあるコート・ドールとは100kmほど離れた「飛び地」だ。12世紀初頭の古文書にはすでにこの地で「おいしくて長期熟成に堪える白ワイン」が造られていたことが記されている。シャブリの語源はケルト語の「Chab(住民)+leya(森の近く)」だという説がある。森の木を伐り、株を取り除いてブドウ畑を開いたのはシトー派などのキリスト教徒だった。ミサのための最高のワインをとの情熱が彼らを土壌や栽培の研究と弛まぬ労働に向かわせた。その結果、この土地に最も適した品種が白ワイン用のシャルドネであること、現在畑になっている土地がブドウ栽培に好適であり、そこには格付け通りの違いがあることが明らかになった。

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ブドウ畑に沿って丘を下ってみよう。青々とした葉の茂るブドウ樹は花期を終え、小さな緑の果実を結んだばかりだ。足もとを見ると、クチナシ色の土の中にときどき赤みの強いベンガラ色の石が交ざっている。大人の拳くらいの石を拾ってよく見ると、小さな牡蠣殻の化石がびっしり。これが「キンメリジャン」だ。このような化石を含む石灰と粘土の混ざった1億5000年前の土壌がシャブリに特有のキレとミネラル感を与える要因のひとつだと言われる。牡蠣とシャブリのマリアージュ(ワインと料理の相性)が知られるようになったのに、この石の「見た目」が大いに作用したであろうことは想像に難くない。

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プティ・シャブリからグラン・クリュまで、その魅力は重層的
シャブリはワイン法上4つの等級に分かれている。上からグラン・クリュ(特級)、プルミエ・クリュ(一級)、シャブリ、プティ・シャブリ。等級が上に行くほどワインは味わいに複雑みがあり、熟成に堪える。価格も等級に準じている。グラン・クリュ、プルミエ・クリュは畑が限定されている分、その土地の個性を明確に表すワインだということもできる。では、シャブリ以下は味わいが劣るのかというと決してそうではない。このクラスにはフレッシュで親しみやすい味わいのものが多く、それはそれでシャブリの重要な魅力の一部である。逆に長期熟成タイプのグラン・クリュやプルミエ・クリュを若いうちに開けて飲んでも、硬いだけで楽しめないということがある。プティ・シャブリはポートランディアンという比較的新しい石灰質土壌の畑(シャブリ地区の周縁部に広がる)のブドウから造られる。熟れたフルーツや白い花のアロマを持つ可愛らしいワインだ。
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ブドウ栽培総面積6800ヘクタールのシャブリのなかでグラン・クリュの畑はわずかに100ヘクタールのみ。7つの区画はいずれも村内を流れるスラン川右岸の南向き斜面にあるが、土壌や地勢、日当りなどの違いによってそれぞれ明確に異なる個性を有する。例えば、レ・クロは雄大でミネラル感に富み、グルヌイユはフルーティでコクがあり、レ・プリューズは上品で女性的といった具合だ。そういった畑の個性に造り手のスタイルや収穫年の特徴が掛け算されることでグラン・クリュのシャブリは無限大に多くの顔を見せることになる。日本では、シャブリ=魚介類に合わせる若飲みのフレッシュな白という位置づけだが、7年、10年、15年と熟成を経て味わいを深めたグラン・クリュ、プルミエ・クリュを飲む時の幸福感は格別で、そういうシャブリになると、生牡蠣がお相手とはいかなくなり、肉料理や熟成チーズが欲しくなる。シャブリ名物のアンデュイエットは豚の小腸で作るクセのある風味の腸詰めだが、地元の人はこれにもシャブリを合わせる。アペリティフからメイン、チーズまでカバーできる懐の深さこそがシャブリ本来の魅力なのだ。

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「食在シャブリ」、この地はパリとディジョンの間に位置している
銘酒の里が美食の里でもあることが多いのは世界各地に共通する法則である。シャブリもその点では他所に引けを取らぬものがある。といっても、人口3000人足らずのシャブリにレストランが林立しているわけではない。ワイン産地としての「シャブリ」はシャブリの町に周辺の17ヵ村を加えた集合体である。シャブリから車で20〜40分の圏内に村々は点在し、そのうちのいくつかにとても質の高いレストランやオーベルジュがある。17世紀の木骨建築が傾いてなお建っているノワイエ・シュール・スラン村、水路の傍の小径がルイ・マルの映画にでも出てきそうなリニー・ル・シャテル村など、それぞれの村には特色があって、次から次へと訪ねたくなる。旅する者はシャブリを拠点に衛星地区を歴訪するもよし、周辺の美しい村をひとつ選んで、腰を据えて逗留するもまたよし。村と村をつなぐドライブは起伏に富み、適度にカーブもあって、走っていて楽しい。車窓の風景はブドウ畑、菜の花畑、牛や羊が草を食む牧草地、森林とバリエーションに富む。フランスの田舎道は細かい道が入り組んで分かりにくいことがあるが、このあたりはそんなこともない。

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話を食事に戻そう。シャブリの食事はグジェールから始まる。シュークリームのシューにチーズを混ぜ込んだようなもので、ブルゴーニュ全体で出されるが、シャブリのそれはデンと大きく存在感がある。先述のアンデュイエットを始めシャルキュトリもよく食卓に上がる。コック・オー・ヴァン(鶏肉の赤ワイン煮)などブルゴーニュ地方の郷土料理を出す店がある一方で、新鮮な魚介類を売りにする店もある。内陸に位置する割に意外なほど魚介類が豊富で新鮮なのは古くから流通が発達していたせいだろう。洗練された料理は出てきても、奇をてらった“実験料理”はこの地方では出てこないので、その手の料理を求める向きには他を当たってもらうしかない。

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この地方にはイランシーというチャーミングな赤ワインもあるので肉料理に合わせて飲むのもいいが、やはり主役の座はシャブリに務めさせたい。産地で味わうワインに如くものはない。狙い目は当然、熟成を経たグラン・クリュやプルミエ・クリュということになる。ここであらためて熟成シャブリについて語ろう。まずは色合いが深く落ち着いた黄金色になる。香りには果実に代わってトリュフやハチミツや焼き栗が顔を覗かせる。口当たりは滑らかさを増し、心を揺さぶるような余韻が長く続く。例えば、アペリティフにプティ・シャブリから始めて、メインに合わせてグラン・クリュの古酒を開けてもらうというのはどうだろう?
(つづく)
Photographs by Taisuke Yoshida
Special thanks to BIBV(Bourgogne Wine Boad)

Yasuyuki Ukita • 2017年8月31日


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